10月24日の夜にKolkata(コルカタ)のHowrah Station(ハウラー駅)を
エアコンなし寝台で出発し、
明朝にOrissa(オリッサ州)のPuri Station(プリー駅)に到着。
"1970年代、ここは海と大麻に魅せられ、
東南アジアを通ってやってくるヒッピー達でにぎわった。"
ロンリープラネットより
ヒッピーかどうかはともかく、ある意味では今も変わらないと思う。
ロングビーチはけして綺麗ではないが、普通に泳いで問題なかった。
東側のMarine Pde.(マリン・パレード)沿いは
インド人行楽客で恐しく混雑していたが、
さらに東側か、東西の中間点あたりが静かで良かった。
小さな宿は、要らぬ噂はあったが安くて平和だった。
CT Rd.(チャクラ・ティルサ・ロード)沿いには安宿も旅行代理店も沢山あり、
どこもかしこも近郊のツアー広告を出していた。
しかし、ここではダラけるのが一番と思う。
飯はシーフードが有名らしいが高いのでパス。
近所の小汚い食堂の焼き飯20Rsで満足だ。
30分程度歩くが見所と言えばJagannath Mandir(ジャガンナート寺院)。
ヒンドゥー教徒以外は入場出来ないとのことだったが、
外からでも立派に見れた。
周辺に集まる手工芸品などの多くの露店や小さな商店街越しに見た方が
ヒンドゥー教徒以外の僕らには雰囲気があっていいかもしれない。
1週間ばかりの滞在だったが、この後の予期せぬ10日間を思い返せば、
もっと滞在してよかった。
むしろダラけきるまで滞在すべきだったかもしれない。
せっかちで欲張りが僕の性分で、この広いインドだしもっと良いところが、
すぐ見つかるんじゃないかなんて思えて、出発を決めた。
ブバネーシュワルに続く。
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2009年12月5日土曜日
2009年10月20日-2009年10月24日-KOLKATA INDIA
Bangkok(バンコク)から約1時間のフライトで到着したのは、
インド第二の大都市Kolkata(コルカタ)。
夕方の便で狭い小型機は満席で殆どインド人だった。
とても簡素な国際空港。
入国審査を終えて荷物を待っていると、
似たような格好の東洋人に英語で声を掛けられた。
タクシーのシェアだ。
行き先は聞かずとも一緒だろうし、
相手も一人だから同行することにした。
彼は25歳の韓国人でオーストラリアのワーホリを終えインドに来たとのこと。
ロン毛で日焼けして、髭面になると、日本人も韓国人も見事に見分けがつかないものだ。
てっきり日本人かと思った。同じ東アジアの人間だから基本的に一緒だが
この界隈で、旅が長かったり、旅してる連中は服装も似てくる。
現地の連中にはもっと区別が付かないだろう。
タクシーで向かったのはSudder St.(サダル・ストリート)、
Bangkok(バンコク)のKaosan Rd.(カオサン・ロード)を狭くしたような感じだ。
宿は"地球の歩き方"にも"ロンリープラネット"にも
掲載されているParagon Hotel(パラゴン・ホテル)。
1階の狭い中庭、覆いのない屋上がある。
薄暗いドミトリーは誰も気に入らないだろうが、
僕の滞在中、僕の入った2階のドミトリー以外は混雑していた。
1階の部屋はやたら日本人の若い子らが多くて、
日中夜、中庭のテーブルを囲っている。
長期滞在中なのか、
僕の性格的にそこに入り込む気にはなれなかった。
それでも空港から一緒だった韓国人と、
先に入っていたスロベニア人と同室だったので、
一人の酒盛りでなく、久々に人と談笑できた。
このSudder St.(サダル・ストリート)界隈は、
物乞い、手数料目当ての客引き、ドラッグのディーラーに
つきまとわれるが、それなりの態度を示してあげれば大した問題ではない。
この大都市に至っても、
やはりガイドブックには見所がいくつも掲載されているが、
屋上の椅子で日中は日焼けしながら焚いてる位が丁度良かった。
この短い滞在中は、安い屋台で20Rsの飯と5Rsのチャイ、酒屋でビール50Rs、
ネット屋15Rs。全て50m以内で済ました。
唯一、列車チケットを取りに外国人旅行者案内所まで多少歩いた。
インドの飯屋はボリュームが半端じゃないので、
大食いの人でもなければ、
昼か夜はサモサなど軽いスナック2、3つで済ませる方が無難な気がする。
Sudder St.(サダル・ストリート)沿いに長椅子を出している屋台の
キムチ・チャーハンは美味かった。
プリーに続く。
インド第二の大都市Kolkata(コルカタ)。
夕方の便で狭い小型機は満席で殆どインド人だった。
とても簡素な国際空港。
入国審査を終えて荷物を待っていると、
似たような格好の東洋人に英語で声を掛けられた。
タクシーのシェアだ。
行き先は聞かずとも一緒だろうし、
相手も一人だから同行することにした。
彼は25歳の韓国人でオーストラリアのワーホリを終えインドに来たとのこと。
ロン毛で日焼けして、髭面になると、日本人も韓国人も見事に見分けがつかないものだ。
てっきり日本人かと思った。同じ東アジアの人間だから基本的に一緒だが
この界隈で、旅が長かったり、旅してる連中は服装も似てくる。
現地の連中にはもっと区別が付かないだろう。
タクシーで向かったのはSudder St.(サダル・ストリート)、
Bangkok(バンコク)のKaosan Rd.(カオサン・ロード)を狭くしたような感じだ。
宿は"地球の歩き方"にも"ロンリープラネット"にも
掲載されているParagon Hotel(パラゴン・ホテル)。
1階の狭い中庭、覆いのない屋上がある。
薄暗いドミトリーは誰も気に入らないだろうが、
僕の滞在中、僕の入った2階のドミトリー以外は混雑していた。
1階の部屋はやたら日本人の若い子らが多くて、
日中夜、中庭のテーブルを囲っている。
長期滞在中なのか、
僕の性格的にそこに入り込む気にはなれなかった。
それでも空港から一緒だった韓国人と、
先に入っていたスロベニア人と同室だったので、
一人の酒盛りでなく、久々に人と談笑できた。
このSudder St.(サダル・ストリート)界隈は、
物乞い、手数料目当ての客引き、ドラッグのディーラーに
つきまとわれるが、それなりの態度を示してあげれば大した問題ではない。
この大都市に至っても、
やはりガイドブックには見所がいくつも掲載されているが、
屋上の椅子で日中は日焼けしながら焚いてる位が丁度良かった。
この短い滞在中は、安い屋台で20Rsの飯と5Rsのチャイ、酒屋でビール50Rs、
ネット屋15Rs。全て50m以内で済ました。
唯一、列車チケットを取りに外国人旅行者案内所まで多少歩いた。
インドの飯屋はボリュームが半端じゃないので、
大食いの人でもなければ、
昼か夜はサモサなど軽いスナック2、3つで済ませる方が無難な気がする。
Sudder St.(サダル・ストリート)沿いに長椅子を出している屋台の
キムチ・チャーハンは美味かった。
プリーに続く。
2009年12月2日水曜日
10月13日-10月20日-BANGKOK THAILAND
3年振り3度目のBangkok(バンコク)。ご存知の通りBangkok(バンコク)は、
昔から東南・中央アジアのゲートシティである。
当然、旅行者は多いし、現地の人間も旅行者慣れしている。
不自由なく過ごせることは間違いない。
3年前と物価も殆ど変わっていない。
日本円の暴騰で更に有利なレートなので助かる。
なかでもKaosan Rd.(カオサン・ロード)は安宿が集中している小さな繁華街だ。
あれこれと、こだわらなければ宿探しに苦労することはないし、
旅行代理店、ネット屋、土産物屋、衣類屋、雑貨屋、屋台食堂、呑み屋、コンビニと
全て揃っているので、むしろ観光目的でなければ、
このエリアから出る必要すらない。
以前に比べ客引きも大人しく過ごしやすかった。
晩に呑み過ぎて二日酔いにでもなってなければ、
特にやることもない。
ある関西の先輩がKaosan(カオサン)のことをアメ村と言っていたのを思い出した。
その通りだ、僕にとっては六本木のドンキ界隈だ。
通沿いの露店で洋楽が揃ったCD屋が何軒もあり、
アルバム5枚で500B(1200円)と安いので、
CDプレーヤーやLaptopパソコンを持ち歩いている人は、
ここで買っておくのもいいかもしれない。
CDプレーヤーも露店で売ってるし、Apple Storeが出来たので
ipodも購入出来る。Pratunam Market(プラトゥナム市場)の側には、
パソコン本体、関連製品、ソフトウェア、CD、DVD、携帯電話などを
売るショップのみのビルの中の秋葉原があるので、そちらでも安く手に入る。
勿論コピー商品なので、全収録曲がしっかり聞ける保障はない。
日本では5000円近くBuddha BarシリーズのCDなど5枚と
Slumdog MillioneirのDVDを購入。〆て1800円程度だった。
危険覚悟で最新OS、Windows7日本語版のコピーが350Bで売られていた。
Pratunam(プラトゥナム)界隈は
大きな日系デパートやショッピングモールが並んでいるので、
日中、エアコンなしの部屋や観光中に蒸されたら休憩がてら飛び込むのも一つだ。
僕は用もなく、ほぼ毎日涼みに行く。
Kaosan Rd.(カオサン・ロード)からはバスで行くと便利で、
なぜか今回は無料だった。
新しい決まりでも出来たのだろうか。
前回は7B払っていたし、バスには7Bと表示されているのだけど。
滞在中、週末を挟んだので、
Chatchak Weekend Market(チャトゥチャック・ウィークエンド市場)に
行って来た。特に目当ての物があるわけでもなく、所謂観光としてウロウロ。
午後早くには部屋に戻って筋トレして現地のプロテイン配合の豆乳ドリンクを飲み、
夕方早くにはビール飲んで、屋台で飯を済ませて、またビール飲んで寝る。
こんな感じで毎日あっという間に過ぎていった。
前回のように面白い人達との出会いがなかったのは残念だ。
コルカタに続く
昔から東南・中央アジアのゲートシティである。
当然、旅行者は多いし、現地の人間も旅行者慣れしている。
不自由なく過ごせることは間違いない。
3年前と物価も殆ど変わっていない。
日本円の暴騰で更に有利なレートなので助かる。
なかでもKaosan Rd.(カオサン・ロード)は安宿が集中している小さな繁華街だ。
あれこれと、こだわらなければ宿探しに苦労することはないし、
旅行代理店、ネット屋、土産物屋、衣類屋、雑貨屋、屋台食堂、呑み屋、コンビニと
全て揃っているので、むしろ観光目的でなければ、
このエリアから出る必要すらない。
以前に比べ客引きも大人しく過ごしやすかった。
晩に呑み過ぎて二日酔いにでもなってなければ、
特にやることもない。
ある関西の先輩がKaosan(カオサン)のことをアメ村と言っていたのを思い出した。
その通りだ、僕にとっては六本木のドンキ界隈だ。
通沿いの露店で洋楽が揃ったCD屋が何軒もあり、
アルバム5枚で500B(1200円)と安いので、
CDプレーヤーやLaptopパソコンを持ち歩いている人は、
ここで買っておくのもいいかもしれない。
CDプレーヤーも露店で売ってるし、Apple Storeが出来たので
ipodも購入出来る。Pratunam Market(プラトゥナム市場)の側には、
パソコン本体、関連製品、ソフトウェア、CD、DVD、携帯電話などを
売るショップのみのビルの中の秋葉原があるので、そちらでも安く手に入る。
勿論コピー商品なので、全収録曲がしっかり聞ける保障はない。
日本では5000円近くBuddha BarシリーズのCDなど5枚と
Slumdog MillioneirのDVDを購入。〆て1800円程度だった。
危険覚悟で最新OS、Windows7日本語版のコピーが350Bで売られていた。
Pratunam(プラトゥナム)界隈は
大きな日系デパートやショッピングモールが並んでいるので、
日中、エアコンなしの部屋や観光中に蒸されたら休憩がてら飛び込むのも一つだ。
僕は用もなく、ほぼ毎日涼みに行く。
Kaosan Rd.(カオサン・ロード)からはバスで行くと便利で、
なぜか今回は無料だった。
新しい決まりでも出来たのだろうか。
前回は7B払っていたし、バスには7Bと表示されているのだけど。
滞在中、週末を挟んだので、
Chatchak Weekend Market(チャトゥチャック・ウィークエンド市場)に
行って来た。特に目当ての物があるわけでもなく、所謂観光としてウロウロ。
午後早くには部屋に戻って筋トレして現地のプロテイン配合の豆乳ドリンクを飲み、
夕方早くにはビール飲んで、屋台で飯を済ませて、またビール飲んで寝る。
こんな感じで毎日あっという間に過ぎていった。
前回のように面白い人達との出会いがなかったのは残念だ。
コルカタに続く
2009年10月13日火曜日
みんなありがとう
今日、出発します。
この数日間で多くの仲間からパワー貰えました。
ただ、皆は「頑張ってこいよ」と、言いますが、
僕はこれから半年間、ちょうど30歳の誕生日を迎える頃まで、
旅行ですよ。
頑張るのは皆ですよ!
心から応援してます!
頑張って必死な僕が、春にはいてるかもしれません。
是非、ベトナムにお越し下さい。
会えた人も、会えんかった人もおりますが、
これからも、僕がちゃんと生きてるかだけは、
気にしてやって下さいね。
では、行ってきます。
この数日間で多くの仲間からパワー貰えました。
ただ、皆は「頑張ってこいよ」と、言いますが、
僕はこれから半年間、ちょうど30歳の誕生日を迎える頃まで、
旅行ですよ。
頑張るのは皆ですよ!
心から応援してます!
頑張って必死な僕が、春にはいてるかもしれません。
是非、ベトナムにお越し下さい。
会えた人も、会えんかった人もおりますが、
これからも、僕がちゃんと生きてるかだけは、
気にしてやって下さいね。
では、行ってきます。
2009年10月7日水曜日
準備
ご存じとは思いますが、
僕は出国を間近にし
渡航準備で荷造りや手続き等を行っています。
先週の木曜日に申請したインドVisaは月曜日に発給されました。
現在、東京ではインド大使館ではなく、ジャパン・オーバーシーズ・コーポレーションという企業が、
インドVisaのビザ申請の取り扱いを受けています。
ネット検索すると新旧色々な情報が混在していますが、
少なくとも今現在では本文通りです。
僕は6ヵ月マルチを取得しました。
料金もVisaFeeで¥1200と当申請代行企業のFeeで¥735です。
通常は翌日夕方発給なのですが、大使館の閉館日と重なり月曜に発給されました。
17時30分からの受取に茗荷谷のオフィスまで向かうと、40m程の列をなしていました。
その日だけであれだけ人がVisaを取得に来ていても、
デカいインドで会うことはないだろうけども、少し驚きました。
昨日は、役所に出向き海外転出の手続きを完了させ、
今日は荷造り。
関西のある先輩に荷は軽くと言われているので、かなり少なめにまとめています。
ベトナム送りにする荷物の梱包もあわせて行っています。
海外配送に関しては親に手続きを行って貰う予定ですが、
経験済みの方、どこかお勧めの業者ありませんか?
あれば教えて下さい。
僕は出国を間近にし
渡航準備で荷造りや手続き等を行っています。
先週の木曜日に申請したインドVisaは月曜日に発給されました。
現在、東京ではインド大使館ではなく、ジャパン・オーバーシーズ・コーポレーションという企業が、
インドVisaのビザ申請の取り扱いを受けています。
ネット検索すると新旧色々な情報が混在していますが、
少なくとも今現在では本文通りです。
僕は6ヵ月マルチを取得しました。
料金もVisaFeeで¥1200と当申請代行企業のFeeで¥735です。
通常は翌日夕方発給なのですが、大使館の閉館日と重なり月曜に発給されました。
17時30分からの受取に茗荷谷のオフィスまで向かうと、40m程の列をなしていました。
その日だけであれだけ人がVisaを取得に来ていても、
デカいインドで会うことはないだろうけども、少し驚きました。
昨日は、役所に出向き海外転出の手続きを完了させ、
今日は荷造り。
関西のある先輩に荷は軽くと言われているので、かなり少なめにまとめています。
ベトナム送りにする荷物の梱包もあわせて行っています。
海外配送に関しては親に手続きを行って貰う予定ですが、
経験済みの方、どこかお勧めの業者ありませんか?
あれば教えて下さい。
2009年10月5日月曜日
9月18日-登山日記
powered by 地図Z
両俣小屋6時30分発 馬ノ背ヒュッテ14時00分着
今回の南アルプス縦走もこの日が最終。
ここで下手打つわけにはいかないのだ。
一つ気がついたことがあって、
僕の場合、体よりハートの方が先に悲鳴をあげだす。
この数日でそれがよくわかった。
体の方だって当然しんどくなるが、
そこは鞭を打たずとも、先に進まなければ、
ゆっくり休むことすらできない場所にいることが多いので、
イヤでも進むことになる。
だけど、ハートの方は、
幾度も「僕は何の為に歩いているのか?」と自問自答したことか。
この日は朝から気が締まっていた。
稜線、尾根をだらだらと進むわけだが、
目の前でどんどん近く迫る仙丈ヶ岳のピークを拝みつつ、
あっという間に標高差1000m上がりきった。
天気も快晴の昼下がり、珍しくピークからは白山まで見れた。
昨日、仕入れたワンカップ酒で達成に酔いしれた。
ここから、ゴールの馬ノ背ヒュッテまでは、
8月31日まで働いていたのでデカイお庭の散歩のようなものだ。
従業員の皆に会えるということでテンションが再び上がる。
小屋まで50m位のところで、
便所から戻ってくる今年で6年目の従業員の柴田君に気がつかれた。
そしてボスの川端さんにお出迎え頂いた。
2週間ぶりの再会だが、帰って来たという安息感がたまらなかった。
何分か小屋前で喋ったが、
あまりのテンションの上がり方で、
僕も自分で何を言っているかわからなかった。
落ち着いて、部屋に入ると、
自分から放たれる強烈な臭いに皆が気がついて、
とりあえず、体の汚れを流すことに。
翌日からは仕事だ。当初9月19日から9月23日までの予定だったが、
9月26日が最も繁忙な為、期間変更で27日下山となる。
5泊6日の縦走も無事やり遂げた。
先ほどの話の続きだが、
「何の為に歩いているのか?」
または「なぜ山に登るのか?」的な僕の結論。
落ち着いて考えた結果、
登山をする人口は何万人といるが、
登山をする動機というのは各々が違う、
もちろん僕のように単独行が好きな人も多くいるので、
各々で違う動機がある。
試されていない登山スタイルの確立を目指したり、
山を独り占めしようとしたり、
自らの力量を恃みとして極限の冬山に入ったり。
僕がどれに該当するのかは、はっきり言ってわからないが、
遭遇する全ての事態に自らの技量と責任で向かい合うこと。
ゆっくり歩調であれば、多くを感じれる。
一歩を踏み出せば、生きている実感が湧く。
と、言う結論に達した。
はっちゃけた僕だが、
自己成長の追求とは思っている。
世界の多極化が進んでいる中、
国も皆も僕も、色々な面倒なことに振り回される世の中であるけど、
僕等各々が強くなれば、
少なくとも今感じる面倒とは無縁になれることの方が多いのではないかと思う。
その為の一つの手段として
僕の場合は登山をする。
もちろん、山には素晴らしい景色も、独特の雰囲気を楽しめる材料が沢山ある。
こんなくだりで
山に興味を持った方がいらしたら、
是非、最初は南アルプスの仙丈ヶ岳にどうぞ!
泊まりは馬ノ背ヒュッテへ!(小屋の営業期間は7月初旬~10月中旬まで要予約です)
2009年10月4日日曜日
9月17日-登山日記
powered by 地図Z
熊の平小屋7時00分発 両俣小屋12時45分着
今日はアプローチが短く良かった。
三峰岳ピークまでは痩せた岩場で緊張もあったが、ピークはこじんまりとし景色も最高。
独り占めだったのでザックに寝転がり、朝っぱらから缶ビールを嗜んだ。
百名山でこそないが、僕はこの山が好きだ。
そこから先は樹林帯がほとんど、野呂川越から両俣小屋までの300m下りは、
倒木との格闘。
明日は野呂川越まで1時間で300m上がり、そして稜線沿いに横河岳2478m、伊那荒倉岳2519m、大仙丈ヶ岳2975m、そして仙丈ヶ岳3033mまでの大小ピーク越える仙塩尾根を一揆に進む。
通称"馬鹿尾根"とさえ言われている。
両俣小屋からの標高差は1000mの長い道のりだ。
気きかして、プロテインも朝晩で2発飲んどいた。
明日が最終日で馬ノ背ヒュッテに到着する。
ラスト頑張るで。
2009年10月2日金曜日
9月16日‐登山日記
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三伏峠小屋7時00分発 熊の平小屋17時35分着
今日は塩見小屋泊にするのか熊の平小屋泊にするのかで、
葛藤していたが何とか熊の平まで足を運んだ。
案の定、果てきっている僕の体。
塩見小屋までは余裕だった。
馬ノ背ヒュッテとは同じ組合の小屋だ。
完全にホームの雰囲気。
話は盛り上がり、
ビールを数本と、つまみまで頂いた。
一時間程、お付き合い頂き、出発。
酒のせいか、塩見岳は余裕でやりきった。
頂上では少し下で遭遇した、おばはん達にからまれた。
悪い人達ではない。
いや、良い人達だ。
色々と喋っていたら、栗おこわと胡瓜の浅漬けをお裾分けして頂いた。
元気一杯で熊の平小屋に向け、再出発。
長~い尾根を塩見岳から6時間歩き、やっと到着。
尾根にはピークらしきピークはないけど、イヤらしく高捲きしとるし、
何より僕の嫌いな榛松がのびっ放しだった。
到着し、受付しようと、
僕:「すんません、遅くなりました~。」
既に酒で顔を赤くした親父さんがひょっこり出て来た。
親父さん:「ごめんね、もう一杯やってる。」
僕:「いいっすね。」
親父さん:「今日はどこから?」
僕:「三伏峠小屋です。テン張りしたいんですけど。僕、馬ノ背ヒュッテの従業員なんですが。」
親父さん:「何だよ、だったら中で泊まってきなよ~。」
僕:「いいんですか?」
親父さん:「遠慮せんで、ほらそこの桶のビールも持ってきな。」
と、いった感じで無銭宿泊。
ありがとう御座いました。
2009年10月1日木曜日
9月15日‐登山日記
powered by 地図Z
高山裏避難小屋6時20分発 三伏峠小屋12時45分着
一昨日のようなロングアプローチもなければ、昨日のようなアップダウンもない。
距離も大したことはない。
しかし生憎の悪天候、濃霧と雨、視界が悪いし、寒い。
最悪の場合、工程を変更し明日は塩見小屋泊まりでも良い、今日はスパッと三伏峠小屋まで行くのだ。と、考えているうちに到着。
小屋番のおじさんに缶ビールを1本貰った。
ありがたい話だ。
明日はかなりのロングアプローチ。
体を休める為に昼寝しようと、シュラフに転がった。
強烈な自分の体臭というか足の臭いに
ついつい眉間にしわを寄せてしまった。
どうやら僕の足の臭いは歩き始め3日目から悪臭に変わるようです。
2009年9月30日水曜日
2009年9月14日-登山日記
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千枚小屋6時10分発 高山裏避難小屋14時25分着
早朝、千枚小屋の前から拝む予定だった富士山は、
生憎雲隠れしていたが、
千枚岳2880mと荒川三山(東岳3141m、中岳3083m、前岳3068m)の山頂では、
はっきりと、その姿を見せてくれた。おまけに南ア北部や北ア、八ヶ岳までの展望を楽しめた。
東岳から中岳までは最大約300mの大小ピークを登ったり、下ったり。
前岳からの下りは600mをあっという間に。
そこから高山裏避難小屋までの2kmは尾根に並行してダラダラとトラバース。
歩き始めて2日、既に肉体に違和感が。
体と相談しながら工程の再検討も。とか考える僕がいてる。
本日のテン場である高山裏避難小屋は既に無人期間になっている。
水場が心配だったので、途中の源泉水を4ℓ汲んで上げることにした。
水流は超微弱で、ちょっとした大休止になった。
が、生きる為と言っても液体はバテバテの体には堪える。
本当にへたれな僕だけど、
こんな時だから、この縦走計画に目標を決めた。
僕の人生設計になぞらえてみた。
そうなると色々目標あるんだけど、
一歩一歩しっかりと、という意味で。
体は果てながらも、真剣に考えていた。
2009年9月29日火曜日
2009年9月13日-登山日記
powered by 地図Z
椹島ロッヂ5時30分発 千枚小屋12時30分着
初日と標高差のせいか、長々と続く樹林帯でかなり堪えた。
到着し、テン幕りを終え、小屋の前のデッキで一杯やって。
明日は荒川三山(悪沢岳)のピークをハントし、高山裏避難小屋まで進む。
それだけを考えながら、昼寝に突入してしまった。
余計に情緒的に考えていない分、まだ余力があったのだろう。
それにしても、背中、肩の筋肉と、膝の関節に既に疲労が来ている。
プロテインとサプリの摂取で、明日に備えるが、
あー心配。
仙丈ヶ岳は遠いな~。
2009年9月12日-登山日記
僕の小学校の同級生で下馬そろばん教室の同窓生である友人が、
現在静岡に赴任している。
9月11日、偶然のタイミングで約10年ぶりに再会することとなった。
その上、一泊の居候をさせてもらった。
僕は居候が得意なのかもしれん。
翌日、友人の運転で畑薙第一ダムまで送って貰った。
南アルプス南部の登山口である椹島のロッヂまでは東海フォレストが運営する送迎バスで移動。
受付を済ませ、仙丈ヶ岳の馬ノ背ヒュッテの従業員であることを告げると、
登山小屋までカップ酒2本を持って来てくれた。
椹島ロッヂの宿泊施設はともかくデカイ。
大半のお客が清潔なロッヂに宿泊する、
僕は併設する素泊り専門の登山小屋部分に泊まる。
案の定、登山小屋の宿泊客は僕一人。
見た目はロッヂに比べ明らかに劣るが、独り占め。
言うことなしである。
今日の天気は優れない。
さっさと寝ることにした。
明日は4時起きで千枚小屋に向かう。
標高差が約1500m、コースタイムは7h程度だが、
初日は肝心だ。
現在静岡に赴任している。
9月11日、偶然のタイミングで約10年ぶりに再会することとなった。
その上、一泊の居候をさせてもらった。
僕は居候が得意なのかもしれん。
翌日、友人の運転で畑薙第一ダムまで送って貰った。
南アルプス南部の登山口である椹島のロッヂまでは東海フォレストが運営する送迎バスで移動。
受付を済ませ、仙丈ヶ岳の馬ノ背ヒュッテの従業員であることを告げると、
登山小屋までカップ酒2本を持って来てくれた。
椹島ロッヂの宿泊施設はともかくデカイ。
大半のお客が清潔なロッヂに宿泊する、
僕は併設する素泊り専門の登山小屋部分に泊まる。
案の定、登山小屋の宿泊客は僕一人。
見た目はロッヂに比べ明らかに劣るが、独り占め。
言うことなしである。
今日の天気は優れない。
さっさと寝ることにした。
明日は4時起きで千枚小屋に向かう。
標高差が約1500m、コースタイムは7h程度だが、
初日は肝心だ。
2009年9月11日金曜日
南アルプス縦走
2ヵ月間の山小屋生活を終え、
下山した足で関西の友人宅を居候して渡り、
東京に戻って5日間。
落ち着く間もなく時間が過ぎていきます。
本日から2週間程、東京を離れ、山に入ります。
何かあった時の為に、登山計画ならびに今後の予定を記させて頂きます。
9月11日(金)
列車で静岡着
友人宅に居候
↓
9月12日(土)
静岡より友人の車で移動
県道井川湖御幸線(27号)→県道三峰落合線(189号)→県道南アルプス公園線(60号)→畑薙第一ダム。
東海フォレスト運営のバス12:00発に乗換え、
畑薙第一ダム→椹島ロッヂ13:00着
登山開始
椹島ロッヂ→千枚小屋(仮設営業)泊
↓
9月13日(日)
千枚小屋→悪沢岳、中岳、前岳経由→高山裏避難小屋着(テント泊)
↓
9月14日(月)
高山裏避難小屋→板屋岳、小河内岳、鳥帽子岳経由→三伏峠小屋着(テント泊)
↓
9月15日(火)
三伏峠小屋→塩見岳、北荒川岳経由→熊の平小屋着(テント泊)
↓
9月16日(水)
熊の平小屋→三峰岳、間ノ岳経由→山梨県北岳山荘着(テント泊)
↓
9月17日(木)
山梨県北岳山荘→北岳経由→両俣小屋着(テント泊)
↓
9月18日(金)
両俣小屋→仙塩尾根、仙丈ヶ岳経由→馬ノ背ヒュッテ着(19日~23日まで就業)
9月23日(水)下山
伊那市駅バスターミナルより新宿経由で帰宅します。
今後の予定ですが
10月13日(火)
成田空港→タイ(バンコク)
10月20日(火)
バンコク→インド(コルカタ)
航空券も片道で無事取れました。
色々と慌ただしいですが、
一つずつ、やり残しの内容やってきます。
下山した足で関西の友人宅を居候して渡り、
東京に戻って5日間。
落ち着く間もなく時間が過ぎていきます。
本日から2週間程、東京を離れ、山に入ります。
何かあった時の為に、登山計画ならびに今後の予定を記させて頂きます。
9月11日(金)
列車で静岡着
友人宅に居候
↓
9月12日(土)
静岡より友人の車で移動
県道井川湖御幸線(27号)→県道三峰落合線(189号)→県道南アルプス公園線(60号)→畑薙第一ダム。
東海フォレスト運営のバス12:00発に乗換え、
畑薙第一ダム→椹島ロッヂ13:00着
登山開始
椹島ロッヂ→千枚小屋(仮設営業)泊
↓
9月13日(日)
千枚小屋→悪沢岳、中岳、前岳経由→高山裏避難小屋着(テント泊)
↓
9月14日(月)
高山裏避難小屋→板屋岳、小河内岳、鳥帽子岳経由→三伏峠小屋着(テント泊)
↓
9月15日(火)
三伏峠小屋→塩見岳、北荒川岳経由→熊の平小屋着(テント泊)
↓
9月16日(水)
熊の平小屋→三峰岳、間ノ岳経由→山梨県北岳山荘着(テント泊)
↓
9月17日(木)
山梨県北岳山荘→北岳経由→両俣小屋着(テント泊)
↓
9月18日(金)
両俣小屋→仙塩尾根、仙丈ヶ岳経由→馬ノ背ヒュッテ着(19日~23日まで就業)
9月23日(水)下山
伊那市駅バスターミナルより新宿経由で帰宅します。
今後の予定ですが
10月13日(火)
成田空港→タイ(バンコク)
10月20日(火)
バンコク→インド(コルカタ)
航空券も片道で無事取れました。
色々と慌ただしいですが、
一つずつ、やり残しの内容やってきます。
2009年9月9日水曜日
THE YM BLOG
2006年10月に長期の海外渡航を終え帰国。
色々なことを目の当たりにし経験できた旅でした。
また、海外移住という目標に対し、
何が自分に不足していて、何をしなくてはんらないのかが、
はっきりわかった旅でもありました。
日本を拠点に過ごしたこの3年間、
自分で行ってきたことは
成功も失敗も全て、「やって良かった」と思います。
将来の理想の自分は
まだまだ高く遠くにおりますが、
遭遇する全ての事態に自らの技量と責任で向かい合い、
一歩一歩進んでいく気持ち、僕は大切しています。
「僕の成功とは?」と聞かれても、
まだはっきりとした答えを持ち合わせていないのですが、
長所でなく短所を解決すること、人との信頼関係を大切にする。
それが目標に対して一番重要ではないかと思います。
何をするにも
とても充分な環境や条件は揃っていない世の中だと思います。
行動することで、いつか夢に手が届くのだと信じ、
これからも少しずつでも進んでいきます。
色々なことを目の当たりにし経験できた旅でした。
また、海外移住という目標に対し、
何が自分に不足していて、何をしなくてはんらないのかが、
はっきりわかった旅でもありました。
日本を拠点に過ごしたこの3年間、
自分で行ってきたことは
成功も失敗も全て、「やって良かった」と思います。
将来の理想の自分は
まだまだ高く遠くにおりますが、
遭遇する全ての事態に自らの技量と責任で向かい合い、
一歩一歩進んでいく気持ち、僕は大切しています。
「僕の成功とは?」と聞かれても、
まだはっきりとした答えを持ち合わせていないのですが、
長所でなく短所を解決すること、人との信頼関係を大切にする。
それが目標に対して一番重要ではないかと思います。
何をするにも
とても充分な環境や条件は揃っていない世の中だと思います。
行動することで、いつか夢に手が届くのだと信じ、
これからも少しずつでも進んでいきます。
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