ついに最終目的地Ho Chi Minh(ホーチミン)に到着。
今回のこの4ヶ月間の旅、本当に地に足がついてない旅だった。
反省でもあり、成功でもあった。
予想以上に駆け足で怠惰だったIndia(インド)、暇で退屈とも言えたNepal(ネパール)、
豪遊としか言いようがなかったThailand(タイ)、二度目は別になCambodia(カンボジア)。
旅に関しての当初の目標だったのは以下。
1.ヴァケーション
2.ブロンド娘を落とす
一つ目のヴァケーションに関しては、地に足ついてないところかしても大成功。
二つ目はブロンド落とすには実力不足、タイ娘に落とされる。いやアジアの女性はすばらしい。
まあ、ヨシとして良いですかね。
今回の旅で、こういう旅の仕方はこれで最後にしたいと痛感した。
決して今回の旅が悪いものだったわけではないし、本当に最後か聞かれたら、
躊躇するところもあるけども。
まずはこれが自分の正業と自信を躊躇なく言えるものを身につけて、
「遊びは遊び、仕事は仕事で、しっかりと分別をつけられる」
これが僕の目指すところだと知った。
旅行中の宿泊先やレストランにしても、汚くっても、不味くっても、安さを優先するのではなく、
コスト・パフォーマンスを優先して選べるような人間になりたいし、
今はこれ以上の贅沢はできない時けど、
何時だって身の丈にあったところで精一杯なのが僕なんだろうけど、
身の丈が伸びて、目の着けどころがよければ、
どこでも高いクオリティーを新感できる。
人それぞれ価値観はあるけど、
僕は、その為に頭をヒネったり、苦労しても損はないように思えます。
そう実感したこともそうだし、楽しめたのもそうだけど、
考えり、悩んだり、思い知ったり、これって暇の賜物ですね。
それにHo Chi Minh(ホーチミン)に到着して不安は吹っ飛びました。
友人や諸先輩方に相談したり、色々とアドバイスをもらったり、励ましまで頂けてのことと思います。
これから皆様それぞれからの期待という責任を果たさねばならない僕ですが、
これまでの人生が無駄にならないよう、頑張りますわ。
今は少しでも早く、このHo Chi Minh(ホーチミン)でスタートラインに立てるよう、
行動しようと思ってます。
段取り八分じゃないですけど、今年は準備の年になりそうです。
6月から4ヶ月ほど日本にも出稼ぎに帰国予定です。
これで旅ブログは一先ず完結となりますが、
これからもYM BLOGは続けていきますので、松田 祐一をよろしくお願い致します。
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2010年2月20日土曜日
2010年2月11日~2010年2月18日-TRAVEL-SIEM REAP
約4年振りの越境、Siem Reap(シェムリアップ)到着。
快適だった、何もかもが発展していた。
国境の穏やかな雰囲気、整備された道路、グレード・アップしたバス。
本当にここはCambodia(カンボジア)なのか、そんな疑問を抱くほどに。
おそらく日本人には一番有名なTakeo Guest House(タケオ・ゲストハウス)に。
以前はバスによって、他のゲストハウスに連行されたが、今はしっかりバス・ターミナルまで。
もちろんそこにはコミッション狙いのドライバーが待ち構えていた。
ここで中国在住のスイス人ダニエルと出会い、宿まで。
僕はAngkor(アンコール)遺跡は既に見ているので今回は滞在だけ、
到着翌日にバス・チケットを購入して、翌々日には移動の予定だった。
が、何とHo Chi Minh(ホーチミン)でお会いする予定だった知人が、
わざわざSiem Reap(シェムリアップ)までお越しになりました。
この方サトーさんは中国で独立起業された方で現在は中国人の奥様も一緒に
旧正月の旅行中。歳も私の父親より多少若い方で何かと相談、
親戚の様なお付合いをさせて頂いております。
Ho Chi Minh(ホーチミン)行きを急ぐつもりだったけど、
その理由もなくなったので、旧正月が明けるまで滞在することにしました。
街にはApple StoreならぬiOne Storeもあるし、小規模のショッピング・モールもありました。
懐かしいレストランをまわったりと静かなSiem Reap(シェムリアップ)完全に
観光気分を味わえました。
そう懐かしの地元のネーちゃん達に囲まれた、あのディスコZone Oneも行きましたが、
店内を女性コンシアが尋ねて歩くという不気味な店になっておりました。
あと残念な話があります。
ちょうど4年前に世話になった宿お抱えのドライバー、タイガーにも会いたかったのですが、
宿の主人に尋ねると2年前に病気で他界されたとのことでした。
心からお悔やみ申し上げます。
全く関係ない話ですが、
最近、束ねてる髪の毛の中に6本も白髪を発見しました。
毛先から白くなっていて、根元の近くは真っ黒です。
やっぱり白髪は白髪ですか?
いよいよホーチミンへ続く
快適だった、何もかもが発展していた。
国境の穏やかな雰囲気、整備された道路、グレード・アップしたバス。
本当にここはCambodia(カンボジア)なのか、そんな疑問を抱くほどに。
おそらく日本人には一番有名なTakeo Guest House(タケオ・ゲストハウス)に。
以前はバスによって、他のゲストハウスに連行されたが、今はしっかりバス・ターミナルまで。
もちろんそこにはコミッション狙いのドライバーが待ち構えていた。
ここで中国在住のスイス人ダニエルと出会い、宿まで。
僕はAngkor(アンコール)遺跡は既に見ているので今回は滞在だけ、
到着翌日にバス・チケットを購入して、翌々日には移動の予定だった。
が、何とHo Chi Minh(ホーチミン)でお会いする予定だった知人が、
わざわざSiem Reap(シェムリアップ)までお越しになりました。
この方サトーさんは中国で独立起業された方で現在は中国人の奥様も一緒に
旧正月の旅行中。歳も私の父親より多少若い方で何かと相談、
親戚の様なお付合いをさせて頂いております。
Ho Chi Minh(ホーチミン)行きを急ぐつもりだったけど、
その理由もなくなったので、旧正月が明けるまで滞在することにしました。
街にはApple StoreならぬiOne Storeもあるし、小規模のショッピング・モールもありました。
懐かしいレストランをまわったりと静かなSiem Reap(シェムリアップ)完全に
観光気分を味わえました。
そう懐かしの地元のネーちゃん達に囲まれた、あのディスコZone Oneも行きましたが、
店内を女性コンシアが尋ねて歩くという不気味な店になっておりました。
あと残念な話があります。
ちょうど4年前に世話になった宿お抱えのドライバー、タイガーにも会いたかったのですが、
宿の主人に尋ねると2年前に病気で他界されたとのことでした。
心からお悔やみ申し上げます。
全く関係ない話ですが、
最近、束ねてる髪の毛の中に6本も白髪を発見しました。
毛先から白くなっていて、根元の近くは真っ黒です。
やっぱり白髪は白髪ですか?
いよいよホーチミンへ続く
2010年2月1日~2010年2月11日-TRAVEL-BANGKOK
再び、暑いBangkok(バンコク)へ戻ってきた。
Chiang Mai(チェンマイ)でマッサージの修行中のリュウタロー君も1週間後にインドへ戻る為、
Bangkok(バンコク)に戻ってくる。
それにしてもBangkok(バンコク)の暑さは以前にも増して強烈だ。
僕の宿泊する部屋には窓はなく、日本製の扇風機一台。
とても暑さを凌げない。日に4回は水シャワーを浴びてる。
ところで、約4年前の話だが、僕はこのBangkok(バンコク)で4人の日本人と知り合っている。
その中のお一人、タカさんがBangkok(バンコク)にいらしてるとのこと、
4年振りに再会の機会があった。
ショッピング・モールで軽く買い物とお茶してタイ人の女の子眺めたり、
Kaosan Rd.(カオサン・ロード)近辺の飲み屋でビールといった短い時間だったが、
皆、経験はあると思うが、再会というのは素敵なものだと感じた。
人との繋がりは人生で一番の財産かもしれない。
週末には、Chiang Mai(チェンマイ)から戻ってきたリュウタロー君が
相変わらず調子のいい声で電話を掛けてきてくれた。
彼は2日後にはインドに戻るので、まあ最後の晩餐じゃないけど、
とりあえず街へ出た、Go Go Barを2軒ハシゴして、新手のカフェからMPに直行、飲んで遊んだ。
僕もしばらく文明とは疎遠になるので遊び納めのつもりで。
知人から訪越の知らせがあり、僕も急ぎ足で東へ進むこととなった。
陸路での移動となるが、国境からSiem Reap(シェムリアップ)までの移動は、
India(インド)、Nepal(ネパール)よりも酷い状況だったが、
期待が膨らむ。
が、予定通りには進まず、10日のバスに乗り遅れた。
実は先日、カフェで知り合ったタイ人の子と電話番号交換していたんですけど、
9日の夜はディスコ行って、飯食ってと、はっちゃけてしまいました。
バスは何とか旅行会社に掛けあって日付変更にしてもらったからいいが。
これじゃカッコいい三十路を目指す僕としては、
だらしない、ただのオジさんです。
シェムリアップに続く
Chiang Mai(チェンマイ)でマッサージの修行中のリュウタロー君も1週間後にインドへ戻る為、
Bangkok(バンコク)に戻ってくる。
それにしてもBangkok(バンコク)の暑さは以前にも増して強烈だ。
僕の宿泊する部屋には窓はなく、日本製の扇風機一台。
とても暑さを凌げない。日に4回は水シャワーを浴びてる。
ところで、約4年前の話だが、僕はこのBangkok(バンコク)で4人の日本人と知り合っている。
その中のお一人、タカさんがBangkok(バンコク)にいらしてるとのこと、
4年振りに再会の機会があった。
ショッピング・モールで軽く買い物とお茶してタイ人の女の子眺めたり、
Kaosan Rd.(カオサン・ロード)近辺の飲み屋でビールといった短い時間だったが、
皆、経験はあると思うが、再会というのは素敵なものだと感じた。
人との繋がりは人生で一番の財産かもしれない。
週末には、Chiang Mai(チェンマイ)から戻ってきたリュウタロー君が
相変わらず調子のいい声で電話を掛けてきてくれた。
彼は2日後にはインドに戻るので、まあ最後の晩餐じゃないけど、
とりあえず街へ出た、Go Go Barを2軒ハシゴして、新手のカフェからMPに直行、飲んで遊んだ。
僕もしばらく文明とは疎遠になるので遊び納めのつもりで。
知人から訪越の知らせがあり、僕も急ぎ足で東へ進むこととなった。
陸路での移動となるが、国境からSiem Reap(シェムリアップ)までの移動は、
India(インド)、Nepal(ネパール)よりも酷い状況だったが、
期待が膨らむ。
が、予定通りには進まず、10日のバスに乗り遅れた。
実は先日、カフェで知り合ったタイ人の子と電話番号交換していたんですけど、
9日の夜はディスコ行って、飯食ってと、はっちゃけてしまいました。
バスは何とか旅行会社に掛けあって日付変更にしてもらったからいいが。
これじゃカッコいい三十路を目指す僕としては、
だらしない、ただのオジさんです。
シェムリアップに続く
2010年2月4日木曜日
2010年1月27日-2010年1月31日-TRAVEL-CHIANG MAI
約12時間のバス移動で午前8時にChiang Mai(チェンマイ)に到着。
街全体は4年前とは違う雰囲気で戸惑ったが、旧市街内はそう変化はなかった。
以前にも泊まったBanana Guest House(バナナ・ゲストハウス)に宿をとった。
今回のChiang Mai(チェンマイ)滞在は、
Varanasi(ヴァーラーナシー)で遊んだリュウタロー君との再会、豪遊。
電話の彼の話ではBangkok(バンコク)の夜遊びでヒドイ目にあったらしい。
というのも、彼は初のThailand(タイ)滞在、情報なしの煩悩の塊で、
良くも悪く有名なBangkok(バンコク)のPatpong(パッポン)に一人行き、
薄暗い店で突貫工事の済んだおじさんと意気投合してしまったのである。
一応、暗闇の中では杉本彩だったらしい。
僕の友人の一人(現在革職人)は、Bangkok(バンコク)滞在中に同じような状況から、
最後までお付き合いしたことがあるが、引っ掛かったのはリュウタロー君で二人目である。
こんなにすばらしい夜遊び大国で、聞き捨てならないと、
初日から夜遊びを、盛大に案内した。
Bangkok(バンコク)、Chiang Mai(チェンマイ)と下品な遊びが続いているが、
言い訳をさせて頂くと、目の保養が少ないインド、ネパールの中央アジア帰りの多くのシングル男児は、本当に煩悩の塊である。止まらない夜でハジけてしまうのである。
日本に比べれば、半分位の値段で遊べるが、毎日行くので金がいくらあっても足りない、
ある程度の自己抑制、自己節制が大切だと思う。
それでも、やはり楽しい夜遊び、
MP(マッサージ・パーラー)、Go Go Bar(ゴー・ゴー・バー)を渡り歩いた。
Web Albumにもアップしてるが、タイ女性の隣で僕の鼻の下は伸びっぱなしだった。
最終日の前夜は、Bangkok(バンコク)からのバスが一緒だったカズミちゃんとばったり会い、
僕、リュウタロー君、カズミちゃんと、バーで一人盛り上がるChiang Mai(チェンマイ)在住のロバートさん(54歳)とGo Go Barへ。
セクシー・ショーでインド人男性の観光客が晒し者になっていた。
この日、一軒目の店は週末で客が多い、あきらかに需要過上。
ロバートさんとカズミちゃんが帰るのを待ち、リュウタロー君と喫煙室で飲んでいた。
店を出たのは午後11時過ぎ、すっかり前日遊びに行った店の子との8時の約束を忘れていた。
遅れながらも店に出向いたがいなかった。涙
リュウタロー君は前日遊んだ子(こちらの子も暗闇では杉本彩らしいが、僕の中では憲さん)を隣に、「今日はやめときましょー、Bangkok(バンコク)に楽しみはとっておきますわ!いや、やっぱいいですか?」
駄目人間まっしぐら、僕は一人ビール煽っていたが、
気付けば不良っぽい女の子と喋っていました。
そんなこんなで、店のママに会計して僕等と憲さんと不良を連れて、
ディスコ、レストラン、不良のアパート。
不良は、朝見たら癒し系派手なおばちゃん風でした。
お酒は恐いです。
さすが微笑みの国、笑えるネタは豊作。
あとからしたら、くだらなさ、情けなさで一杯で新年から何やってんのってところだけど、
また悪魔が肩越しに囁くんですね。
そんなこんなでChiang Mai(チェンマイ)滞在では午前0時以前の帰宅する日はなかった。
バンコクに続く
街全体は4年前とは違う雰囲気で戸惑ったが、旧市街内はそう変化はなかった。
以前にも泊まったBanana Guest House(バナナ・ゲストハウス)に宿をとった。
今回のChiang Mai(チェンマイ)滞在は、
Varanasi(ヴァーラーナシー)で遊んだリュウタロー君との再会、豪遊。
電話の彼の話ではBangkok(バンコク)の夜遊びでヒドイ目にあったらしい。
というのも、彼は初のThailand(タイ)滞在、情報なしの煩悩の塊で、
良くも悪く有名なBangkok(バンコク)のPatpong(パッポン)に一人行き、
薄暗い店で突貫工事の済んだおじさんと意気投合してしまったのである。
一応、暗闇の中では杉本彩だったらしい。
僕の友人の一人(現在革職人)は、Bangkok(バンコク)滞在中に同じような状況から、
最後までお付き合いしたことがあるが、引っ掛かったのはリュウタロー君で二人目である。
こんなにすばらしい夜遊び大国で、聞き捨てならないと、
初日から夜遊びを、盛大に案内した。
Bangkok(バンコク)、Chiang Mai(チェンマイ)と下品な遊びが続いているが、
言い訳をさせて頂くと、目の保養が少ないインド、ネパールの中央アジア帰りの多くのシングル男児は、本当に煩悩の塊である。止まらない夜でハジけてしまうのである。
日本に比べれば、半分位の値段で遊べるが、毎日行くので金がいくらあっても足りない、
ある程度の自己抑制、自己節制が大切だと思う。
それでも、やはり楽しい夜遊び、
MP(マッサージ・パーラー)、Go Go Bar(ゴー・ゴー・バー)を渡り歩いた。
Web Albumにもアップしてるが、タイ女性の隣で僕の鼻の下は伸びっぱなしだった。
最終日の前夜は、Bangkok(バンコク)からのバスが一緒だったカズミちゃんとばったり会い、
僕、リュウタロー君、カズミちゃんと、バーで一人盛り上がるChiang Mai(チェンマイ)在住のロバートさん(54歳)とGo Go Barへ。
セクシー・ショーでインド人男性の観光客が晒し者になっていた。
この日、一軒目の店は週末で客が多い、あきらかに需要過上。
ロバートさんとカズミちゃんが帰るのを待ち、リュウタロー君と喫煙室で飲んでいた。
店を出たのは午後11時過ぎ、すっかり前日遊びに行った店の子との8時の約束を忘れていた。
遅れながらも店に出向いたがいなかった。涙
リュウタロー君は前日遊んだ子(こちらの子も暗闇では杉本彩らしいが、僕の中では憲さん)を隣に、「今日はやめときましょー、Bangkok(バンコク)に楽しみはとっておきますわ!いや、やっぱいいですか?」
駄目人間まっしぐら、僕は一人ビール煽っていたが、
気付けば不良っぽい女の子と喋っていました。
そんなこんなで、店のママに会計して僕等と憲さんと不良を連れて、
ディスコ、レストラン、不良のアパート。
不良は、朝見たら癒し系派手なおばちゃん風でした。
お酒は恐いです。
さすが微笑みの国、笑えるネタは豊作。
あとからしたら、くだらなさ、情けなさで一杯で新年から何やってんのってところだけど、
また悪魔が肩越しに囁くんですね。
そんなこんなでChiang Mai(チェンマイ)滞在では午前0時以前の帰宅する日はなかった。
バンコクに続く
2010年1月23日-2010年1月26日-TRAVEL-BANGKOK
23日の午前7時、僕はKathmandu(カトマンズ)の国際空港で
午前11時発のフライトのチェック・インを待っていた。
この日、Delhi(デリー)経由Bangkok(バンコク)の飛行機はDelhi(デリー)が濃霧の為、遅延。
当初の予定ではDelhi(デリー)での待ち時間が2時間。
確実に間に合わない。
そしてチェック・インの際に、遅延を理由に他航空会社へ変更。
おかげで午後発の直行便になり、実質Bangkok(バンコク)着時刻も1時間だが早まった。
余談だが、Royal Thai Airlines(タイ航空)は凄い。エコノミーだが座席はRECALO(レカロ)、
そしてアテンダントは美女ぞろい。
ちょっと優雅な空路を満喫し、無事Bangkok(バンコク)到着。
Kaosan Rd.(カオサン・ロード)のバス停では、
Kathmandu(カトマンズ)で一緒だったユウヤ君が待っていた。
宿に荷物を置いて、ユウヤ君は翌日帰国なので最後に煩悩を晴らす為、
午後9時から歓楽街へとタクシーを走らせた。
2日目の晩には、6年前に日本で僕の英会話家庭教師をしてくれたDaniel(ダニエル)と再会。
彼と、彼の彼女(タイ人)と日本食レストランで過ごした。
生徒当時より、親近感が湧いた。お互い東南アジアという第三国だったからだろう。
で、肝心のVaranasi(ヴァーラーナシー)で遊んだリュウタロー君。
既にBangkok(バンコク)入して宿の名前も聞いていたが、いない。
予想はしていたが、連絡がついた時に彼はChiang Mai(チェンマイ)だった。
そういうことで、僕も向かうこととなった。
チェンマイに続く
午前11時発のフライトのチェック・インを待っていた。
この日、Delhi(デリー)経由Bangkok(バンコク)の飛行機はDelhi(デリー)が濃霧の為、遅延。
当初の予定ではDelhi(デリー)での待ち時間が2時間。
確実に間に合わない。
そしてチェック・インの際に、遅延を理由に他航空会社へ変更。
おかげで午後発の直行便になり、実質Bangkok(バンコク)着時刻も1時間だが早まった。
余談だが、Royal Thai Airlines(タイ航空)は凄い。エコノミーだが座席はRECALO(レカロ)、
そしてアテンダントは美女ぞろい。
ちょっと優雅な空路を満喫し、無事Bangkok(バンコク)到着。
Kaosan Rd.(カオサン・ロード)のバス停では、
Kathmandu(カトマンズ)で一緒だったユウヤ君が待っていた。
宿に荷物を置いて、ユウヤ君は翌日帰国なので最後に煩悩を晴らす為、
午後9時から歓楽街へとタクシーを走らせた。
2日目の晩には、6年前に日本で僕の英会話家庭教師をしてくれたDaniel(ダニエル)と再会。
彼と、彼の彼女(タイ人)と日本食レストランで過ごした。
生徒当時より、親近感が湧いた。お互い東南アジアという第三国だったからだろう。
で、肝心のVaranasi(ヴァーラーナシー)で遊んだリュウタロー君。
既にBangkok(バンコク)入して宿の名前も聞いていたが、いない。
予想はしていたが、連絡がついた時に彼はChiang Mai(チェンマイ)だった。
そういうことで、僕も向かうこととなった。
チェンマイに続く
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